アメリカ人の名前に隠された秘密:アングロ化(anglicize)で出身民族を隠そうとする「アメリカ人」たち


今日のニュースで『ロンパースを着て反応試す、NYビデオブロガーの実験』という記事を見かけた。QParkという名前で有名なアメリカ人ユーチューバーらしい。以下がロンパースを着てニューヨークの街を練り歩く彼の動画なのだが、この時点でQParkさんが何系アメリカ人かわかった人はかなりのアメリカ事情通だ。


アジア系なのは見ての通りだが、アジア系の中でも中国系?日系?それともアメリカに多いフィリピーノ系?

正解は韓国系。

彼の写真を見なくても、記事の冒頭で紹介された彼のユーチューブ名『QPark』を見れば彼の出身民族がわかるのだ。(実際、韓国系アメリカ人を取り上げる雑誌にQParkさんへのインタビュー記事があり彼が韓国系だとわかる。)

韓国人は氏(ラストネーム)の種類が日本に比べて少ないというのはよく知られたことだろう。そんな韓国に多い名前(ラストネーム)の一つが朴(パク)だ。弾劾栽培により失脚した前韓国大統領の名前もパク(パク・クネ)さんだ。

「アメリカあるある」の一つに、アメリカに移民してくる韓国人の朴(パク)一族は、その名前を英語化(アルファベット表記)する時に、韓国語の発音通りのPak(パク)ではなく、イギリス人の名前"Park"(パーク)にするのだ。QParkさんのユーチューブ名を見たとき、一瞬にして韓国系アメリカ人に多いParkが由来だと判った。

朴一族たちは、英語名をPakとすると、履歴書などの書類ですぐに韓国系とわかってしまうのを避けるためなのだろうか、アメリカに移民申請するときにイギリス式名前のParkに変えている。実際、筆者の周りにも韓国系アメリカ人のParkさんはたくさんいるが、逆に白人でParkというラストネームの人にはほとんど出会ったことがない。そのためアメリカ人でParkというとほとんどが韓国系になってしまい、皮肉にも出自を隠す役割を果たさなくなっている。

そういえば、今のムン大統領も、英語名のつづりは「月(つき)」を意味するMoonと書く。韓国の発音通りにアルファベットで名前を書けば、「Mun」か「Mung」になるはずなのだが、やはり英国風にしたいようであえてMoonなのだ。だけど、それだとアメリカ人は「ムーン」と発音して、「ムン」とは発音してくれないのだが。

* * *

このように移民が名前をアメリカ化することを『anglicize(アングロ化/英国風にする)』と英語ではいうのだが、これは韓国系移民に限ったことではない。アメリカ社会により深く浸透しているユダヤ系移民も昔からよく名前をアングロ化している。これには長い歴史があり、ユダヤ系移民がアメリカの歴史の中で長く差別されてきたことに原因の一つがあるのだろう。

例えば、1996年に公開されたアメリカのコメディー映画『バードケージ(Birdcage)』でこんな象徴的なシーンがあった。

ロビン・ウィリアムズが演じる主人公のアルマンド・ゴールドマン(Almand Goldman)は、ユダヤ系アメリカ人。その名前「ゴールドマン」は、典型的なユダヤ系の名前だ。その息子ヴァル(Val)が、突然前触れもなく結婚したい相手がいると言い始め、フィアンセの女性と彼女の両親をアルマンドの自宅に呼んで両家の顔合わせをしたいと言ってきた。

しかも、お相手となるフィアンセの女性の父親は超保守的な政治家で、アメリカ社会で主流の『ワスプ(WASP=アングロサクソン系白人のプロテスタント)』でないと娘の婿として認めないというような強面の人物。保守的かつエリート主義のアメリカ社会(特に東海岸)を絵に描いたような人物なのだ。

ユダヤ系であることやその他の家族の秘密を隠して「両家の顔合わせ」を乗り切ることにしたアルマンドと息子のヴァルなのだが、何も知らされていなかったメイドが、フィアンセ一家が到着したときに出迎えた玄関で、「ようこそゴールドマン家へ」と口を滑らせてしまう。

ゴールドマンと聞いた途端に保守派政治家の父親が顔色を変えて、「今、ゴールドマンと言ったか?」と問いただす。慌てて息子のヴァルが会話に割り込み、「コールドマン(Coldman)です」と訂正する。そこに父親のアルマンドも加わり、「いえ、正しくはコールマンでDは発音しないんです」とユダヤ系の名前であることを必死に否定する。ちなみに「コールマン(Coleman)」はアイルランド系の名前だ(元々ゲール語 のÓ Colmáinが英国風になってColemanとなった)。

これがそのシーン。


コメディー映画では笑えるシーンだが、現実社会ではそう簡単に笑える話ではない。

ユダヤ人には優秀な人が多い。天才物理学者のアインシュタインを筆頭に、多くのノーベル賞受賞者がユダヤ系だ。これまで881人いるノーベル経済学賞の受賞者のうち、22.4%の197人がユダヤ系なのだ。しかしアメリカではそんな勤勉で優秀なユダヤ系アメリカ人を排除する歴史があった。それが特に顕著だったのが、『ホワイト・シュー・ファーム(white-shoe firms)』と呼ばれるプロフェッショナル企業だ。

日本でも有名な米系コンサルティング・ファームや会計事務所、弁護士事務所が、いわゆるホワイト・シュー・ファームである。文字通り、「白い靴(ホワイト・シュー)」を履くようなエリートが集まるプロフェッショナル・ファームという意味だが、この写真にあるような白い革靴は、ハーバード大学、プリンストン大学、イェール大学のようなアメリカ東海岸のエリート大学であるアイビーリーグの学生たちが好んで履いていたためこの名前がついた。



この広告につけられたキャッチコピーが「白い靴」の意味を象徴している:
"THE IVY BUCK - for upper-class comfort on campus"
(アイビー・バックスキン - 大学キャンパスで上流階級の履き心地)

日本でも話題になった書籍『天才! 成功する人々の法則(原題:Outliers)』で、実際にこうした東海岸のエリート企業「ホワイト・シュー・ファーム」から入社を断られた優秀なユダヤ人弁護士Joe Flom(Flomはユダヤ系の名前)が、敵対的買収という新しい法務の専門分野を開拓して大成功を納めるサクセス・ストーリーを紹介している。(ハリウッドの映画産業も、こうした東海岸で排斥されたユダヤ系アメリカ人たちが作ったとよく言われる。)

この本(日本語版ではなく英語の原書)を読んだとき、筆者の知人であるユダヤ系弁護士のことが脳裏をよぎった。彼はハーバード大学ロースクールを卒業し、まさにニューヨークの敵対的買収を専門にする大手弁護士事務所に就職した人物だ。今ではパートナーにまで登りつめているが、彼は社会人になってから自分の名前(ラストネーム)を英国式に変更している。名前だけ見ると彼は紛れもなくWASPだ。

また、主婦向けビジネスで大成功したマーサ・スチュアートは、あまり知られていないがポーランド移民の家庭に生まれ、旧姓はマーサ・コスティラ(Martha Kostyra)である。Stewart(スチュワート)というアングロサクソンの名前を持つ夫と結婚して名前を変えた。その夫と離婚した後も、旧姓コスティラに戻すことなく、アングロサクソンの名前であるスチュアートを名乗っている。ご主人には愛想を尽かしたが、彼の名前は気に入っているようだ。

* * *

アメリカ人が初対面でも好んでファーストネームで呼び合うのは、もしかするとラストネームが持つ自分の民族的背景を伏せておきたいという心理が働いているのかもしれない。

一方、以前、会議に参加したときお隣の国カナダから参加していた人物と交わした会話を思い出した。

「アメリカに来る移民たちは『アメリカ人』になろうとするが、カナダに来る移民は自分たちの出身国の文化や伝統をカナダ人になっても維持しようとする」。

このカナダ人男性が具体的に何を意味していたのかは聞かなかったが、カナダに移民してきたユダヤ人や韓国人は名前を英国風にアングロ化しないのだろうか?アメリカとカナダは隣同士かつ英語圏の国だが、意外と知られていない違いが多くある。カナダとアメリカの違いについてはまた別の機会に紹介することにしよう。

Photo courtesy: www.ivy-style.com

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