検定英語教科書に豆腐ようを「放射性廃棄物の味」ーー過度に反応するのは英語を知らない日本人側の問題


「豆腐ようを「放射性廃棄物の味」 検定英語教科書に記述、訂正へ」という記事がネットを騒つかせているようです。一見ショッキングな見出しですが、内容をよく読むと英語をよく知らない日本人が、ボタンのかけ違いのような誤解をして過剰に反応してしまっていているように見えます。


元の新聞記事にはこうあります。

2017年度の教科書検定に合格した高校英語コミュニケーション英語3の教科書に、沖縄の伝統料理「豆腐よう」が「放射性廃棄物を食べているよう」と記述されていた(中略) 
教科書ではイギリス人の一家が長寿の里として知られる大宜味村を訪れ、(中略)豆腐ようを食べた感想を英語で「ブルーチーズと放射性廃棄物を足して2で割ったものを食べたよう」と表現した。総コレステロールの低下に効果があるとしながらも「私は高いコレステロールの方を選ぶだろう」と記した。

日本語に翻訳された文章だけ読むと、福島原発の事故が起きて放射能汚染や放射性廃棄物に敏感な日本において、日本の食物を「放射性廃棄物を食べているよう」と表現するとはとんでもないことのように思えます。実際、ネットでコメントを寄せている人のほとんどがこの教科書や出版社に対して批判的です。筆者もこの記事を初めて読んだときはそう思いました。

しかし、英語の原文を読んでその印象は変わりました。以下は原文からの抜粋です。


I gagged and spat it out onto my plate . . . "Oh my god, ugh, that is disgusting!" I said, desperately gulping down water. My mouth was burning. It was as if I had eaten a cross between Roquefort and nuclear waste, but apparently it is good for you.

豆腐ようを食べたイギリス人家族の一人が、「思わず喉に詰まらせ、お皿に吐き出し、そして水をがぶ飲みするほど気持ち悪い」と言い、彼の感想として「ロックフォールチーズ(ブルーチーズ)と放射性廃棄物との間を取った物を食べたようだ」と書かれています。

この文章自体がかなりしゃべり言葉(口語調)で、冗談交じりの会話です。設定が家族の間の会話なので、カジュアルな日常会話になるのは当然です。

英文で読むと、「放射性物質」という、食べ物ですらない危険な物質を料理の味にたとえているのは、大げさにそのひどい味を表現したかっただけと受け取るのが自然です。実際、ツイッターなどでも「出版社は『著者に悪意はなくユーモアのつもりだった』と説明しています」とあります。

異国の食べ物を「放射性物質のようだ」と言うのは、いかにもブリティッシュ・ユーモアではないでしょうか。それを「ふっ」と鼻で笑うのがイギリス流の返し方のところを、原発事故で放射能問題に敏感になっている日本人には全く通じず、むしろ批判を浴びてしまったのが今回の「ニュース」の裏側と言えるでしょう。


 * *

さらに説明すると、「放射能」や「核爆弾」は、英語の中で日本人が思う以上に頻繁に比喩として使われます。大きな秘密を暴露するような時も、「彼女は核爆弾を落としたんだ(She dropped a nuclear bomb)」というような比喩的表現が使われることがあります。

この他にも、知り合いのアメリカ人大学教授の自宅に呼ばれて昼食を囲んだときに「核爆弾」の比喩が出てきたのを思い出します。

この大学教授の息子が離婚訴訟で困っているという話題になりました。訴訟相手の元妻が弁護士で、二人の間にできた子供達の親権や養育費を自分に有利なように勝ち取るために、裁判所で元夫が浮気していたと根拠のない嘘の証言をしたというのです。このことを、この大学教授は、"She dropped a nuclear bomb in the court!"(「彼女は法廷で核爆弾を落とした」)と比喩的に表現したのを覚えています。

日本人の私を前にして、「核爆弾を落とす」という表現が不適切であるとは思わなかったようです。彼の中で自然に湧いたイメージだったのでしょう。それだけインパクトのある(嘘の)証言を、彼の息子の元嫁は法廷でした、ということを言いたかったのだと思います。実際、そのことは十分伝わってきました。

この他にも、9・11のテロが起きた時も、飛行機が突入して崩れ落ちた世界貿易センタービル跡地は、「グラウンド・ゼロ(ground zero)」と言われています。これは核爆弾などの「爆心地」を指す言葉で、これも比喩表現です。日本人も「グラウンド・ゼロ」と言うと思いますが、唯一の被爆国である日本人が、核の爆心地以外を比喩的に「グラウンド・ゼロ」と言うのは不謹慎なことなのかもしれません。


 * *

英語を話す人はとにかく誇大表現を好みます。友達の家の冷蔵庫で食べ物が腐っていたりすると、「家で生物兵器を製造してる」("Eww, you're creating a biological weapon at home")とからかわれたりします。大げさに、面白おかしく状況を比喩表現できるのは、語彙力と想像力が豊かでウィットとユーモアがある証。それが英語という言語であり、英語圏の文化なのです。

今回の教科書について、原発事故が起きた日本の高校生が使う教材としては不適切だったかもしれません。ですが、英語という言語とその文化を学ぶ教材としては意義がある内容だと思います。

しかし該当箇所が世間の批判を浴び、「発行元の文英堂は「誤解を招く恐れがある」として文部科学省に同日、該当部分を削除する訂正申請を行った」というのは残念です。なぜ英語では「放射性廃棄物を食べているよう」という表現の仕方をするのか、それを考えることは高校生にとって生きた英語を学ぶ良い機会だったと思います。

英語や英語文化を理解しない偏狭な日本の世間が、生きた英語を学ぶ機会を日本の高校生から奪った、とも取れる出来事。

こうしてまた一つ「学校では教えてくれない英語」が増えていくのであれば、憂慮すべき問題は日本人側にあると言えるでしょう。


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